いのしし日記

ワタシノトリトメナイハナシ

刺激と反応のあいだ


「7つの習慣」
先日、2回目の通読終了
ますます、とても大切なことが記してあるなあと

この長くて、短い人生。
よりよく生きたい。
よりより人間になりたい。
それって可能なのだろうか?

「人間には、刺激と反応の間にスペースがある。」
このスペースがあるからこそ、人は変わることができるのだと。
この本の中で繰り返される、このフレーズが分かったようで
分からなかったようで。。

では、刺激と反応の間スペースとは何だろう?

例えば、、、、
刺激→「息子がぐずって大泣きする
反応①→「根気よくなだめる
反応②→「無視する
反応③→「逆切れして怒る
つまり、刺激があって、それに対する反応は、数通りある。
その反応を選択すること→「刺激と反応の間のスペース」
うん、そこまでは分かった

けれど、息子がぐずった時
反応①を選択してはみたものの、刺激を受けた瞬間に感じる気持ち。
こちらの機嫌が悪い時なんて、
「あーー、もう、なんでぐずるのよお、あーーー、うるさい

刺激に対する最初の受け止め方が、悪感情であるこんな自分が
たとえ、正しい反応をしたとしても、それは偽善ではなかろうか。
よりよく生きられるのだろうか??
よりよい人間になれるんだろうか??
そこがどうしても、よくわからない。

先日、娘の小学校のPTAの研修会があった。
精神科の先生の講演会があり、楽しみに足を運んだ。
子どもの心理を、たとえ話やジョークを交えながらの2時間あまり。
あっという間だった。

講演のなかで、子どもの叱り方についての話があった。
どう叱るのがより効率的か??

「人格は否定せず、行為に対して叱る」というのは耳にしたことがある。
この講演でも、似たようなことを言われた。。
「行為を叱る」というのは分かる。
行いが正しくなかった、間違っていたことを伝えるということ。
では「人格を否定しない」これはどうしたらいいんだろう??
その具体的な説明を初めて聞き、私はその瞬間、世界が変わった。

「人格を否定しない」
人は刺激を受けた時、いろんな感情を抱く。
それはとても、自然なこと。
例えば、「殺したい」だとか「死にたい」だとかそんな負の感情が
湧き上がってきたとしても、けしてそれは悪いことではない。
その気持ちは、否定しない。
ただその負の気持ちを押さえきれず、正しくない行為をしたときに
その「行為」を叱るのだ。。と。

「負」の気持ちを持ったとしても、それは、ちっとも悪いことではない。
その気持ちを受け入れ、そして、どうすればよいのか、正しい行いは何かと
考えることが必要である。
人の質は、行為によって決定するのです。。と。

子どもの叱り方論を聞きながら、
私にとっては、まるで、先生が、いままで理解に苦しんでいた
「7つの習慣」の「刺激と反応のあいだ」の
解説をしてくれているかのようであった。

まずは、何より先に、気持ちが、心が、正しくなければと、、思っていたことは
一足飛びに、きれいな心の持ち主に、神様、女神様のようになりたいという
図々しい願いだったのかもしれません。

まずは、正しい反応を示すことから。
そこから、よりよく生きていく努力をしてみよう