先日、息子が父の名前を覚えていなかったという
一件が発覚した。
その夜、ふとんに入って、夫とそのことを話しながら
その状況を思い出し、どうにもこうにも笑いが収まらず
寝る前、ふたりで大笑いした。
笑いのつぼが同じであるということは
人間関係を継続するのに欠かせない条件だ。
10日ほど前、3月まで働いていた職場の上司と同僚と
私と3人でお昼を一緒に食べた。
席を並べ、共に仕事をしたのは1年半だったのだけれど
まあ、この上司とは、どれだけ腹を抱えて笑ったことか。
40のおばさん(私のことね)と50間近のおじさん(上司)が
たわいもないことで、朝からずっと大笑い。
同僚のなんてことない失敗や発言、家族の話題
どれをとっても些末なことなんだけど
箸が転んでも笑う世代に戻ったかのように
二人してゲラゲラ笑った。
何のことはない、二人とも笑いのつぼが一緒だったという
だけの話である。
私にとっておもしろい話は、上司にもおもしろく
上司にとっておもしろい話は、私にとってもおもしろい。
話ひとつ、言葉ひとつが笑いの種になる。
口を開けば笑っている。
周りはさぞかしうるさかっただろうと思う。
シュールでシニカルなポイントに同時に立つことができたら
笑いは同時に爆発し、笑いが笑いを生み出す相乗効果をもたらす。
その高揚感を、3月まで当然のように味わってきたのだ。
なんてラッキーだったのだろう。
笑いのつぼというのは、もちろんひとそれぞれ
微妙に違うわけで、だからこそ、それが近い人に巡り会うというのは
幸運といわざるを得ないのである。
笑いのつぼは、大きな努力なくして、人間関係を良好に保つ
基礎のひとつが事前に出来上がっているようなものだから
居心地のよい空間が自然と出来上がる。
一緒にいて気負いがない、心地いい、というのは
笑いのつぼが多いに関係している。
その心地よい空間を4月以降味わえず、少々淋しい思いをしていたが
久しぶりのランチで、多いに笑おうと期待したのがいけなかった。。
以前のように話はいまいち盛り上がらず、大笑いの準備をしていた
私の表情筋は、その出番がなく、すごすごと家路につくことになった。
そして、夕方、上司から電話が入った。
「ごめんね、今日は笑わせられなくて」
これも、笑いのつぼを共有する人にしか言えない言葉だ。
今度会う時は、きっちり笑わせてくださいね!!と
言うことも忘れなかった。