いのししのひとりごと

ワタシノトリトメナイハナシ

小さなソクラテス

日曜日の夜は、やっぱり何となくゆううつだ。
小学1年の息子もしかり。
明日から始まる学校のことを考えてか
はーっとため息をついていた。

すると、突然、学校の音楽の授業のことを
話し始めた。
何でも最近、ピアニカの授業が始まったようなのだが
息子は、チンプンカンプンみたいなのだ。
まず、どこに「ド」の鍵盤があるかが分からない。
だから、つづく「レ」も「ミ」も当然分からない。
教科書の「ド」「レ」「ミ」は読めても
その音が出せない。
みんなはできているのに、自分だけできない。
そのことが、彼の憂鬱さにより一層の拍車をかけていた。

ひととおり説明した息子は、私にこう言った。
「ドがわからないから、教えて!」

その言葉を聞いた途端、私は、心の奥底から感動した。
「えっ、それってふつうのことでしょ!!」なーんて、言うなかれ。
なぜって、それは、息子は、へんにプライドが高いからだ。
わからない、できない自分がかっこわるいと思っている。
(ほとんどのことがわからない、できないなのにさあ。。)
なので、これまで、自分がわからないこと、できないことを
ことのほかに隠していた。
(隠さなくても、わかってるのにさあ。。)
いざ、わからないこと、できないことが白日の下にさらされると
次には、「どうせ、自分はできないのだ。。」と
いじけたり、すねたりする行動にでていた。
(ただ単に、努力がたりないだけなのにさあ。。)

だから、わからない、できないことを認識し
さらには、「教えて!」などという言葉がでてくるなど
想像だにしなかったからである。

音楽の教科書を手に、電子ピアノの前に座らせ
「ド」の鍵盤を教えたら、教科書を見ながら
「ド、レ、ミ」とうれしそうに弾く彼。
彼の表情から、「ゆううつ」の文字が消えていくのが
手に取るようにわかった。

わからないことがわかり(認めた)
わからないことをわかろうとする行動をする彼の中に
私は、小さなソクラテスを見たような気がしたのであった。
(うーん、なんて、親ばか!)