大河ドラマ「直虎」を見ていて
前回の「真田丸」とついつい比べてしまう。
それは、作品の善し悪しではない
登場人物の描き方である。
真田丸で描かれた「徳川家康」と
直虎で描かれる「徳川家康」
真田丸で描かれた「本多正信」と
直虎で描かれる「本田正信」
同じ人物なのに
本の中身と演じる役者さんで
こうも違ってくるものなんだなあと
おもしろがって見ている。
だけど、違っていても
底には同じものが流れていて
また、それがおもしろく
そうやっておもしろがって見ていて
ようやく気がついた。
あー、これがクラシックの楽しみ方なのだと。
歴史物で同じ人物が
飽くことなく描かれ、演じられ
それを飽くことなく見る人がいる。
描かれ方の妙、それに尽きるのだ。
クラシック音楽も同じだ。
同じ曲を
指揮者を変え、演奏家を変え
飽くことなく演奏され
飽くことなき聴衆がいる。
歌舞伎も、文楽も、落語も
みな同じだ。。
クラシックっていいなあ、、と思っていて
また、はたと気がついた。
年を重ねると、今まで気がつかなかった
物事の楽しみ方に気づく。
ということは、私自身がクラシックになりつつあるっ??
若いとき、年を取ることは恐怖でしかなかった。
20代のとき、40代や50代の自分なんて
想像したくもなかった。
ところがどうだろう。
40代後半に突入した私は
年を重ねた自分を嫌悪するどころか
若いころの自分より
今の自分の方が格段に好きだったりする。
大河ドラマを見ながら
クラシック化しつつある自分自身を
楽しんでいる私自身を発見したのである。