学校の先生が、足りないらしい。
最近では、自治体の教員採用試験の倍率は、どんどん下がっていて
量だけでなく質も不安視されているらしい。
バブル崩壊で、国が貧乏になったから、教育予算削っていいんじゃね?
少子化で子どもがいないんだから、教員も少なくていいんじゃね?
大局観もへったくれもない
こんなけちくさい会話が
永田町と霞が関で交わされた結果
この国では、人もお金もないのに仕事だけは山ほどあるという公教育が実現した。
学校現場にどれほど仕事が増えようと
この国では、魔法のように先生をどれだけでも働かせることができる。
それは、先生たちの残業代は、給料月額の4%の定額制と
法律で決まっているからだ。
教員試験に合格し、採用されると
もれなく、お上による残業させ放題のサブスクリプションがついてくる。
なんと、おそろしい。
この地獄のような法律を
教員の自主性とかボランティア精神と言い換えるという
さらなる、おそろしさ。
学校の先生≠聖職者だということは
学校という場所に通えば、誰だってわかってくるもの。
ましてや、自分が大人や、親になり、生活を目の前にすると
先生が先生という職業を食い扶持とする一人の人間だとわかる。
失礼を承知で言おう。
だって、はっきり言って、ほとんどの先生は
その辺のおじさん、おばさんといっしょだもの(ホントに失礼)
理性的なときもあれば、感情的なときもあるし
教師だというのに、授業がさっぱりという人だっている(経験談)
面白い話をしてくれることもあれば
つまらない話を延々と聞かされることもある。(遠い目)
先生という職業は、聖職だけど(そう思いたい)
そこで働く先生は、ひとりの労働者。
ふつうの労働者に、サブスク残業は、どう考えたって、違反でしょ?!