精神科のハードルは以前に比べれば、格段に下がった。
しかし、これをもって、精神科医療が開かれた思うのは、早計だ。
本著を読んで、自分が何も知らないことに絶句した。
日本の精神科医療は、今もなお、社会的に「閉鎖」されている。
著者は、刑務所や少年院などでの勤務経験のある精神科医。
本書は、それら矯正施設での受刑者に対する治療や
病院勤務時の精神科医療現場の現実を淡々とつづったエッセイである。
精神科医療を必要とする
矯正施設における虐待を伴う恵まれない生育環境で育った少年たちや
犯罪にいたるまでのさまざまな過去の背景をもつ受刑者たちの前に
法とシステムが立ちはだかる。
また、重度の精神障害者の医療へのアクセスや治療が
社会や家族やその他さまざまな状況が複雑に絡み合って、一筋縄ではいかない。
静かな筆致の中から浮かび上がるのは
患者を前に苦悩し、模索し
システムを前に怒り、絶望する
精神科医というよりも、ひとりの人間の姿である。
著者は、刑務所で受刑者を目の前にして
ADHD傾向のあった自分の子ども時代を振り返り
自分が、あちら側にあってもおかしくなかったと言う。
また、昨今のうつ病患者の急増の状況に対し
「人生には悲しみが必ず伴う。それをすべてうつ病の症状とみなして治療の対象としようとするのは精神医学の乱用であり、過度な医療化である。」と言う。
社会の歪みが生み出すものを、私達はちゃんと見ていない。