いのししのひとりごと

ワタシノトリトメナイハナシ

ステキな夢

毎朝、不機嫌そうに起きてくる息子が
今日はめずらしくスッキリした顔をして起きてきた。
そして、朝食を作っていた私の元に
すたすたとやってきて、こう言った。

「ぐっすり寝たから、今日はステキな夢を見たよ!」

昨日の日中、寒さをモノともせず
思いっきり、外で遊んだ彼は
疲れて、8時前にはふとんの中に。
程よい疲れの中で得られた眠りは
ほんとに気持ちいい。
そのうえ、ステキな夢のおまけつきだった。
その夢の中身は、覚えていないとのこと。
けれど、ステキだったということは
頭が、心が覚えていた。
それをすぐさま、報告してくれた。

「素敵」なんて、具体的なものじゃない。
そこはかとなく、漂ってくる、
何とも知れない、えも言われぬ、
心地よく、包まれる
言葉では言い尽くせぬ、映像では語り尽くせぬ。
ましてや、人に話したとして
自分が感じた感覚を
相手も同じように感じることなど難しい。

息子が見たステキな夢は
彼がその中身を忘れたゆえに
そのステキさが私によく伝わった。
こういうときに、よくわかる。
大人たちが、手を変え、品を変えして操る
装飾過剰な言葉たちは
こどもの放つシンプルな言葉を前に
あっさりと屈服するのである。