いのししのひとりごと

ワタシノトリトメナイハナシ

魔法の手

黒い髪が頭頂部に目立ち始めた。
白髪も数本見え隠れする。
毛先もずいぶん荒れている。

美容室へ行くのが億劫になった。
美容室へ行く手間や時間が惜しい、、のではない。
鏡の前であらわにされる自分の顔を見たくないのだ。
肩にかかる長さになった髪は、結んでおけば格好がつく。
そうやって一時しのぎをしていたら、前回美容室に行ってから
既に3ヶ月が経った。
さすがに重い腰を上げた。

黒い布にくるまれ、カラー剤を塗られた。
鏡に写る顔をまじまじと見る。
目の下の隈は、ここ数日の寝不足によりいつもにましてひどい。
そばかすというにはおこがましいシミがそこかしこに現れ
肌はくすんで透明感を失っている。
目はしょぼくれ、口角は下がり、ホウレイ線がくっきりと刻まれている。
はーっっ。。ツライ。。

担当の美容師さんは男性。
この40年で私の髪を切ってくれた美容師さんの中で
この人が一番だと思っている。
なぜって??
技術もさることながら、その人の髪を触る力の加減が絶妙なのだ。
大きな手で、デリケートに包み込むように
赤ちゃんを優しく抱き上げるかのような力加減で髪に触れていく。
ゆっくり優しく丁寧に少女のような扱いをうけた髪は、最後には指通りなめらかのつるっつるっになる。

目を閉じ、その扱いの心地よさにどっぷりと浸った。
家庭でも職場でも、すっかり「おばさん」の域に達してしまった。
「おばさん」として扱われることに慣れてきてしまった。
いや、自分自身が「おばさん」の気楽さに安住しようとしているのかもしれない。

そして目を開ける。
ようやく、鏡の向こうの顔に微笑むことができた。