いのししのひとりごと

ワタシノトリトメナイハナシ

アイロンに笑われる

自営業の家庭で育った私にとって
「アイロン」は、小さな存在だった。

漁業を営んでいた父と母の着る仕事服は
もちろん、作業着。
会社員のようにスーツを着ることがなかったので
アイロンの出番は、とても少なかった。

アイロンというと、普通は、シャツや制服を思い浮かべるだろうけれど
私にとって、子どもの頃のアイロンの記憶は
編み物をしていた母が、出来上がったセーターにアイロンをかけている姿だ。

日常の中にアイロンがなかったせいか
いや、ただ単に私の無精のせいか
中学生、高校生と制服を着るようになっても
私はシャツにアイロンをかける習慣を身につけないまま
大人になってしまった。

大人になって、サラリーをもらって生活をするようになった私は
サラリーをもらって生活している人と結婚した。

夫の仕事着は、作業服のこともあり、スーツのこともある。
一般的なサラリーマンよりも、シャツにアイロンをかける機会は
ずっと少ないと思うのだが、アイロンがけの習慣がないまま結婚した私は
ずいぶん長いこと、アイロンをかけることをせず
「形態安定シャツ」に頼ってきた。

5年前仕事を辞めた時期と長女の中学校入学が重なった。
そう、長女は制服を着るようになったのだ。
「形態安定制服」があればいいのに。。。
心の中で愚痴ったりした。

しかし、自分は平気でも、子どもはそうはいかない。
40を過ぎて、ようやく、私はアイロンを使う習慣を身につけることになる。

最初の頃は、「どうせしわくちゃになるのに、なんでアイロンなんかかけるんだろっ」と
心の中でぶつくさ言っていたのに
しわやよれが、白い紙のようにのばされていき
アイロンが終わった後の、ちょっと新品感を取り戻した感じに
何とも言えない心地よさを覚えるようになった。

そして、アイロンがかかったシャツや制服に
袖を通す気持ちよさ、その瞬間の夫や娘のことを想像するようになったのだ。

労力を惜しみ、損得勘定で物事を決めていた私を見て
アイロンがにやっと笑った気がした。