いのししのひとりごと

ワタシノトリトメナイハナシ

どちらから見るか

先日、長女の高校生活最後の高校総体が終わった。
最後は、本人の満足いく結果で終わることができた。
優勝したとか、決してそんな華々しいことではないけれど
高校総体まで、練習に励めたこと、試合に向けて集中できたこと
そして何より無事当日を迎え、無事終えることができたこと。
それが大きな満足感へとつながったと思う。

小学校から始めた水泳をずっと続けてきた娘。
ずっと順調だったということはない。
タイムが伸び悩むこともあった。
チームメイトにいじめられたこともあった。
コーチの指導方針になじめないこともあった。
練習と勉強の両立にくじけそうになることもあった。

幾度も、水泳をやめたいと思い、ときどきそう口にもした。
もうやめさせた方がいいのだろうかと親が思うこともあった。

けれど、結局、ここまで続けた。
それは、彼女が何度もやめたいと思い
そして何度も続けようと選択してきた結果である。

やめずに一途に続けることが最善だとは決して思っていない。
同じことをずっと続ける選択をしたとしても
やめて違う道を探す選択をしたとしても
その選択に覚悟さえあればそれでいいのだと私は思う。

続けた先にあるものを見たいのか
やめた先にあるものを見たいのか
その決心がつけば、人生ひらけていくのではないだろうか。

娘は、続けた先にあるものを見た。
その目には、何が映ったのだろうか。