山本文緒の小説に夢中になるのは
人間の狭量さとそれゆえの人間の弱さが
自分と重なって、胸をキリキリと締め付けられるからだ。
本著は、都と貫一の恋愛物語であると同時に
今を生きる若者の生きづらさ
家族や友達との関係性
さらに、非正規雇用などの若者の雇用問題
二人が否が応でも巻き込まれていく姿が描かれている。
物語は、都とその母の桃枝の二つの視点から語られていく。
貫一や都の父の視点が入っていないこと、これがこの小説の肝であろう。
都の見る桃枝、桃枝の見る都
都の見る世界、桃枝の見る世界がそれぞれに描かれることで
物語に微妙な客観性が生まれる。
主人公の都に、過度に肩入れすることも、過度に反発心を抱くこともない。
ここに、貫一や都の父という男性側の視点が入れば
微妙な客観性は、一歩進んだ客観性となってしまう。
この微妙な客観性が、読者を物語に引き込む重要な要素である。
この小説には、プロローグで大きな仕掛けがある。
読んでいる間中、読者はその仕掛けにずっと振り回されることになるだろう。
エピローグでその種明かしがされる。
ここにたどり着くまで、読者のドキドキはとまらない。
著者の読者への愛を感じる一冊である。