いのししのひとりごと

ワタシノトリトメナイハナシ

やめるために始める

人が何かを始めるのは、やめるためではないだろうか。
最近そう思うようになった。

継続は力なり。
三日坊主。

続けることを賞賛し
途中でやめることを軽侮する言葉が
この世の中には、いっぱいある。
だけど、始めたものを永遠に続けられるわけがない。

会うは別れの始め。
生あるものは必ず死ぬ。

始めるのは、やめるためである。
私たちは、やめるために何かを始めるのである。
そう考えると、いろんなことが楽になる。

やめることが楽になるのはもちろんだが
始めることが楽になるのだ。
だって、続けることに大きな意味を与えず
やめるために始めたと思えば
気楽に始められ、気楽に取り組める。

続けなければならないという自縛は
やめられないという無意識へと変わる。

私たちに刷り込まれた無意識は、あらゆる物事に影響する。
よいことだけでなく、悪いことにも影響を及ぼす。
だめだと分かっていてもやめられない。
やめたくてもやめられないは
私たちに刷り込まれた「やめてはいけない」という
無意識の誤作動なのではないだろうか。

やめるために始める。
それが未知の未来を切り開く大きな一歩のような気がしている。